【あすなろ帖】創作・趣味と読書・あの世と宗教のお話

創作は童謡と詩。趣味は音楽鑑賞や折り紙。読書は哲学・宗教・小説・コミック等々。あの世の話や、また仏教・キリスト教・神道・新宗教等々、まだまだありますが、50年近く私の学んで来た事をご紹介したく思います。2019/10/5

hガリレオの地動説と宗教 | それでも宗教は・・

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1月8日はガリレオガリレイが死んだ日です。
そこで思うのは、科学と宗教の関係の事です。

最近は科学万能になり、宗教などは過去の時代のものだと言う人が多いでしょうが、果たして宗教とはそんなものでしょうか。

ガリレオは地球の回転の学説を撤回するよう要求されましたが、それも過去の事で、今はその真実を疑う人はいません。

そもそも昔の宗教の世界認識というのは、たぶん古来の言い伝えなどを根拠にしていたのかと思いますが、確かに迷信もありました。

今、地球と言えば「球」の字が示すように球体だと皆が知っていますが、昔は違っていて、この世界は巨大な円盤だと信じられていたようです。

ただ、宗教で大事なのは、その教えにより如何に生き、如何に死ぬかにある訳です。

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h天皇陛下の祈り | 世界平和 | 人類は兄弟 | 皇室の伝統

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1月7日の今日は、昭和天皇の亡くなられた日です。

天皇陛下というと、私には、まず御製(和歌)のことが思われます。
この昭和天皇ですと、まずは次の歌を挙げるべきでしょう。

西ひがしむつみかはして栄ゆかむ世をこそ祈れ年のはじめに

そう難しい内容でもないでしょうが、この「祈れ」というのは「こそ」の語がありますから「強く祈る」という事であり、命令の意味ではありませんね。
そしてこの歌が歌われたのは、ちょうど第二次大戦の時だった事は見逃せません。結局、歌の意味は、

西も東も仲良く栄えて幸福な世界を年のはじめに強く祈るものである

という事になりましょう。

これとちょうど合わせ鏡のような御製があって、そちらは明治天皇の作です。

よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ

「よも」は四方
「はらから」は同胞

四方の海の国々はみな同胞だと思うのに、なぜ波風が立ち騒ぐのであろうか

この歌もまた、日露戦争の始まった年に詠まれた歌だったというのも、感慨深いものがあります。

さて、歌会始めという行事は、毎年テレビ等でも紹介されていて、天皇陛下が短歌を詠みながら祈られているという事実を知っている方は多い事でしょう。

また、一週間前ですが、元日の事をネットで調べていたら「四方拝」の文字に目が止まりました。
これは宮中の行事ですが、あまり知られていないようで残念に思われます。
というのも、これは私には陛下が平和を祈られる姿と重なってとらえられ、それ以外の見方は出来ないからです。
しかし最近では、これを宗教的な行事とだけみなす人が多い訳だろうと思うのです。しかし宗教であるかどうかというような議論には、あまり意味がないと思うのです。そんな事を言ってみても、当人の心そのものは、何も分からないのではないかと思われてなりません。
さて、言葉が先走りましたが、四方拝とは元日の朝も早く、天皇陛下が四方の神々に礼拝する行事なのですが、明治以来には世界との関わりが強くなった結果として、四方といえばそのまま世界の事になる筈です。ですから、この四方拝も、おのずから、天皇陛下が世界の平和を祈り、宗教などの違いに関わりなく仲のよい世界をと望まれているものだろうと推察するのは、決して私だけではあるまいと考える訳なのです。

h国を護るという事について | 靖国神社参拝 | 楠木正成親子の事

1月5日について調べていたら2つの事柄が目につきました。

1つは中曽根元首相が現職首相として初めて、靖国神社に年頭参拝したというのです。

今でも靖国神社の問題はくすぶっているようですが、結局A級戦犯を祀っているからなのでしょう。

ただし彼等を裁いた東京裁判というのは甚だ一方的で、勝者が敗者を裁くという、あってはならない裁判でしたし、戦犯とされた中には、東郷茂徳のように一貫して戦争に反対だった人物もいる訳で、戦犯という決め付けそのものの根拠も疑わしいと思われます。

それに靖国神社には戦犯とされた人々だけではなく、もっと大多数の戦争の犠牲者が祀られている訳で、その人達の供養のことがまるで問題視されないのもおかしな事だと思います。

そして1月5日の件でもう1つ目についたのは、楠木正行の命日とあった事で、この人は楠木正成の息子であり、父親の志を受け継いで天皇のもとで戦い、その甲斐もなく負けて自刃したのでした。

ところで父親だった正成の意志ですが、それは次のようなものだったと伝わっています。

正成もまた、武運つたなく死ぬ訳ですが、その直前に弟の正季に思い残す事はないかと尋ねますと、正季は「七度も人間に生まれて来て敵を撃ち破りたい」と答え、正成も同感だと答えて共に刺し違えて死んだというのです。

この話は『太平記』に記されて後世に伝わり、多くの人々に影響を与えました。

ことに江戸時代の末には、ここには無かった「国に報いる」という語が加えられて「七生報国」というスローガンになりました。

こう書くと眉をひそめる人も少なからず居ると思うのですが、何故そうなのかが私には疑問です。

昔も今も、好むと好まないとに関わらず、国の運命と国民の運命とは一体なのです。

嘘だと思うなら、他国の支配に屈した国々のことを調べてみるべきでしょう。

つまりは中国に支配されたチベットやウィグルのことです。
或いは、冷戦時代の東欧の国々でも同じで、ソ連に支配された悲惨な歴史があったのです。

江戸の末期と言えば、中国のアヘン戦争があった頃です。さしもの大国だった中国は、白人達のエゴの犠牲となり、ガタガタになりました。

日本ではこれを知り、中国の二の舞にだけはなってはならないと考えたのは当然の事でしょう。

白人達は、日本にほんの少しの隙でもあれば、中国のように餌食にしてしまったかもしれないのです。

そうした国々を敵として警戒するのは、当時としては当然の考え方だったのです。

むろん開国派という人達も中にはいて、その一人が坂本龍馬でした。
その考えは、とにかく日本が毅然として強い国であることが大事であり、日本に隙がなければ西欧諸国も何も出来ないという事だったのだと思います。

ただし日本人の全体がそれだけの力を持つには時間もかかった訳であり、そこに到るまでは、西欧を襲いかかって来そうな敵として警戒するのは当然の考え方だったと思うのです。

その当時の考え方を一言でいえば、今でいう「国防」です。

国防という言葉は、昨今ではその背後にあるイデオロギーが問題視されるようです。
しかし幕末の当時は、どんな思想を持つかというイデオロギーが第一だったとは思えません。

むろん「攘夷派」と「開国派」の対立はあった訳ですが、その対立は危機をいかに回避するかと考えた先の事であって、危機の認識そのものには違いはなかったろうと、私には思われます。

当時の根本的な問題は、現実をどう見るかという事だけだったろうと思うのです。
つまりは、どんなイデオロギーを持つかは関係なくて、それより先に考えなければならないのが「国防」だった筈です。

ここで思うのが、司馬遼太郎さんの描いた人物です。

私の読書量からは大したことは言えませんが、司馬さんはリアリストの眼を持った人物を尊んでいたらしい事は、ほぼ分かる気がします。龍馬などはその代表でしょう。

大事なのは現実を如何に見るかという時代認識であり、また先見の明でもあったろうと思うのです。

先見の明などと言っても、使い古された、どこにでも有る能力だ思う向きもあろうかと思います。
しかし私にはそうとも思えません。

誰もが、あの龍馬のような眼を持ち得るかというと、はなはだ疑問に思えます。いつの時代でも、いわゆる時代精神(ヘーゲルの語)とか、真の未来を見通せるのは、ごく少数の人なのかも知れないと思うのです。

これらの事は、いつでも同じに存在することと思えます。

中でも、国防とはどんな時代でも、何よりも現実的な問題に過ぎなくて、それをイデオロギーと共に見るのは、しばしば過った見方に陥ってしまうというように思われてなりません。

《付記》
投稿してからのちに、あらためて書いた事があります。吉田松陰の絶筆に関する、ごく短い文章ではあるのですが、一応別の記事としました。
以下で読めます。
読む→【吉田松陰の絶筆と『太平記』との関わり合いについて】

hエドガー・ケイシー、幸福の科学に来て語るc

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エドガー・ケイシーの霊魂は
今や幸福の科学に来て
真理に変わりのない事を
如実に示してくれている
それは生前のケイシーが
催眠術にかけられて
自分の意識のない時に
生まれ代わりは有るという
霊の言葉に聞き及び
それを信じていたからで
そして数多の人生の
相談を受ける中にでも
その前の生を指摘して
人を導いて来たからで
それは仏教の真髄を
受け継ぐ幸福の科学とも
まったく一致しているので
真理を弘める活動に
あまたの霊が集まって
応援をしてくれるのも
ケイシーだけではないわけだ
たた生前のケイシーは
転生輪廻を知った後も
キリスト教徒であった筈で
キリスト教の伝統には
たとえ見られぬ事柄でも
やはり事実は事実なので
曲げられないと知っただろう
ところでケイシーの霊魂は
ある日幸福の科学に来て
仏像に似たポーズをし
それを質問された時に
「私は薬師如来です」と
意外な前世を告げている
けれど真実の宗教の
みな真髄は同じならば
キリスト教徒の前世が
仏教で有名な存在でも
別に不自然でもない訳で
こうした偉人だけでなく
真理を求める人達は
みな民族の違いを越え
様々な国と時代とを
訪ね歩いているもので
そうして今のこの私も
その一員だと思う訳で
このケイシーのような方の
教えを今世に受けられる
身の幸いをひしひしと
自覚している此の身なのだ

1月3日の今日は、現代の預言者として称賛され、こんにちの数多のリーディングの能力者の先駆けとなった、偉大なエドガー・ケイシーの亡くなった日でした。先人の偉業に感謝し、今後も学んでいきたく思います。

h鑑真達の努力を無にしている!!その後の仏教は・・・

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12月20日の今日は、あの鑑真が、大変な大変な苦難の末に、日本に辿り着いた日です。この偉人に私の詩を捧げます。

今では遠い昔だが
奈良に都があった頃は
仏教が来て二百年
そんなに時が経ったものの
まだ伝わらない教えがあり
その代表が戒律で

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