【あすなろ帖】創作・趣味と読書・あの世と宗教のお話

創作は童謡と詩。趣味は音楽鑑賞や折り紙。読書は哲学・宗教・小説・コミック等々。あの世の話や、また仏教・キリスト教・神道・新宗教等々、まだまだありますが、50年近く私の学んで来た事をご紹介したく思います。2019/10/5

おさむらいのおさんぽ/創作童話です。創作した詩をふくみます。詩は毎日書いています。

たんぼの かかしが 申しました。
「なんだ。とんと 見かけぬやつが、来たぞ。おどかしてやれ。」
ちょうど 春いちばんの 吹くころでした。
かかしは、その風に 身をまかせて、せいいっぱい 身ぶるいしました。
その目のさきには、夕ぐれのなかを、ひとりの男が いそいでいました。

道をいそぐ男に どうして、かかしの おどしが ききましょうか。

けれども その耳に、ふと きこえてくる歌が ありました。

ののさま ののさま みてなさる
げんきで あそべと みてなさる

むかしの むかしの またむかし
いつでも おそばに ともにいた

そうして わたしが かあさまの
おなかに はいった そのときも

ののさま やっぱり そばにいて
にっこり わらって みてらした

見ると、まだ四つか 五つぐらいでしょうか。小さな女の子が すわりこみ、かわいい声で 一心に うたっているのでありました。

「そこな わらべ子よ。ちと、たずねたいのだがな」

すると 子どもの歌はとまり、男のかおをみあげて、にっこりと わらいました。
なんという いいえがおでしょう。男は、いっしゅん、ことばのつづきを 忘れてしまいました。

「おじさん、おさむらいだね。ことば、おかしいし。なんで 刀さしてないの」
「ああ、お忍びじゃからしてな」
「なあに、それ」
「ん・・。いや さんぽじゃよ、つまり 休みの日 というわけじゃな」
「さむらいのしごと、休み?」
「まあ、そうじゃ」
「なら、きょうは さむらいじゃないね」
「そうじゃなあ」
「じゃ、そのことば おかしいよ」
「それもそうか・・」
「あ、なにが ききたかったの?」
「ん? みちに まよってしまってのお」

すると、なにやら、おなかのあたりで おとがきこえてきて・・

「おじさん、おなか すいてるね」
「ああ、やどやに もどりそこねた・・のお」
「うちにおいでよ。母さんに たのんであげる」
「ん? 夕餉(ゆうげ)が たりるかの」
「母さんと わたいだけだよ」
「おお、後家どのの 家か」
「また、むつかしい ことば・・」

そこで、男、いえ じつは とのさまは、家にゆき、夕食をいただいたのでした。
いや、その おいしかったことと言ったら・・
どこかの とのさまが ほしがった、めぐろのさんま どころじゃない!
それに、後家になった おくさんも、とても きれいだし。
とのさま、ひとめで すきになってしまい、とうとう その夜は とまっていってしまったのでした。

「これ、これ・・・・。だれかおらぬか」
「わたいと、母ちゃんがいるよ」
「うん、なんじゃと? おおそうか、
城では なかったのだな」
「おじさん。ふつうのおさむらい?」
「ふつうとは なんのことじゃ」
「だって、とても いばってるもの」
「は、は、は。それもそうか」
「おけらいが、いっぱい いるんでしょ」
「それはそうじゃ。とのさまじゃから」

やがて、子どもは はたけの方に 行ってしまいました。
すると やがて、きのうとは また違う歌が きこえてきました。

おしろのとのさま おきのどく
おしばい みたいと おもっても
おしのびでないと みれなくて
こっそり びくびく 出かけます

「ん? なんじゃ。わしのことを 歌っているような・・」
さむらい、いいえ、
とのさまでしたね。
とのさまは、耳をすませてみました。

おしろのとのさま おきのどく
たまには おちゃづけ たべたいが
たまには やすざけ のみたいが
とのさまだから みんなだめ

おしろのとのさま おきのどく
たまに ごろごろ したいけど
とのさまだから あれもだめ
とのさまだから これもだめ

「こ、こら、こら。そのような歌を・・」
「これ。そのような
歌を うたうからよ」
「でも、とのさまって どうしてるの。とのさまって なにがほしいの」
「それは・・ 天下じゃなあ」
「てんか って?」
「天はね、おてんとさまのことよ。天下は その下のことよ」
「おてんとさまは ののさまでしょ」
「そう そう」
「そんなの よくばりだよ」
「これ、また そのような」
「いやいや、そうかもしれんて。
わしは よくばりものよのお」
「おさむらいですからね」
「おてんとさまは ののさま、か。きのうも、そんな歌を きいたのお」
「この子の すきな 歌ですゆえな」
「ののさまとは、ほとけや 神のことじゃな。むかしは、わしも使っておった。なつかしい言葉よのお」

とのさまは、そこで、おくさんの顔を 見てみました。
いや、そのきれいなことといったら・・

「めおとに
ならんかの」
「え?」
「せんごくいちの 花よめじゃぞ」
「ごじょうだんを。わたしは、このしごとが好きですし」
「ひゃくしょうは やめられんかの」

さて、このおくさんが すきになってしまった とのさまです。
なんと、その日は、たんぼの しごとを、いちにち てつだいました。
けれど、そんなことばかりも、やっては おられません。
夕がたになると、とのさまは お城に もどらねばなりません。
やっとのことで、とのさまは 帰ってゆきました。

お城にはいると、まわりのけらいは、くちぐちに
「との! この いそがしいときに、どこにおいでで」
けれど、いっこう かまわずに、どんどん はいってゆくのでありました。

すわりこみ、むっつりしている とのさまに、けらいは ききました。

「との。なにを お考えなので ありますか」
「わっしゃあなあ、よめごが もらいてえんじゃ」
「な、なんでありまするか、その言葉は」
「ん? ああ、すまぬ。きれいな女があってのお」
「ま、まさか、それは」
「うむ。田をたがやしている女じゃよ」
「とのも、農家の出では ありまするが・・」
「それはそうじゃ」
「めおとが そろってそうでは、ものわらいのたねに なりますぞ」
「そうか、まずいかのお」
「天下を とろうとも される方が。それに、今おすすめの話は、どうなさるので」
「ああ、お市の むすめごか。
あれも いい女じゃ」
「そちらの方が、よほど 大事ですぞ」
お市は、気がつよかったのお。むすめも、そうかもしれねが」
「天下を めざしなさいませ」
「かかあでんか、かも しれんなあ」

そう、この とのさまこそ、のちの とよとみひでよし なのでありました。こうして、ともに農家の出の はなしは なくなってしまいました。

けれど、それから だいぶんたってからも、「ののさま」と「とのさま」の歌は、耳にときどき、よみがえってくるのでした。

「あれは、どんな 歌じゃったかのお」

とのさまは、そんなとき、つぶやくのでありました。
(完)

さて、この中で歌われていた詩も、やはり私の作品で、その一部です。どちらも、何日か前に投稿した作品です。まだお読みでない方は、どうぞ。

ののさま(その2)
https://taiko888.hatenadiary.com/entry/2019/10/23/002033

お城の殿様
https://taiko888.hatenadiary.com/entry/2019/10/24/070053